ギャラリー日記

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1月20日A

今日は日曜日にもかかわらず、一日中来る人がまばらだった。

同時に開催されているアートフェア・ダンダイには入場を待つ人で行列ができていたという。
危惧したように大きなフェアに人が取られたようだ。

初めてのフェアという目新しさ、欧米の一流画廊が参加するという好奇心、メディアによる広告効果も大きかっただろう。
いつも作品を買うことはないが見に来る人が買ってくれるポストカードが一枚も売れないかったことは今までにないことであった。
当然作品も売れることはなかった。

暇だったこともあって、ゆっくり各ブースも回ったが、売れ行きな芳しくないようだ。
ホテルフェアは若いコレクターが対象だが、こうした人たちがダンダイに流れたのだろう。

来年もどちらのフェアは開催されるようだが、時期を変えるとかお互い近い場所でやるとか、対策を考えなくては行けないだろう。

1月20日

マンダリンオリエンタルホテルで今のポップといったらいいだろうか、ファインアートとは一味違う「ALL THE RAGE」と題した大規模な展覧会が12月15日から2月18日まで開催されていて、 フェアーが始まる前に行ってきた。

主催者は香港の方で、中村萌の熱心なコレクターの一人ということもあって、急遽出品を依頼され、台北のコレクターの方からお借りして参加をさせていただいている。

ホテルの協力もあるのだろう、外にも大きな立体が飾られ、相当力を入れていることが伺える。

会場は一階と地下の一階二階の大きなスペースを使って、巨大な作品がこれでもかと並べられている。

見ての感想はアートがますますボーダレス化してきているのだと実感させられた。

中村萌も巨大な作品の中に埋没してしまうのではないかと危惧したが、それなりの存在感を示していて、ホッとしている。

全て非売品で、3ヶ月の長きにわたり展示をしていることもさることながら、会場費、運送費や保険、アルバイトスタッフの費用なども考えると、 大変なコストがかかっているのではと貧乏症の私は心配してしまうが、来年もやるというから、アジアのお金持ちはスケールが違う。




1月19日A

いよいよ一般公開だが、やはり例年に比べると人は少ない。
いつもなら飛ぶように売れるポストカードが全く売れないのも初めてのことではないだろうか。

ただ関心を持ってくださるお客様とじっくりお話ができるのは有難い。
いつもは狭い部屋にすし詰め状態で、できる商談もままならないことを思うと、この程度がホテルフェアはちょうどいいのかもしれない。
有難いことに今日も私どもは売れ行きは順調で、大きなフェアの影響が予想され不安な気持ちもあったが、それも杞憂となた。

終えてお客様のお招きで人気の台湾料理店へ。
日本のコレクターの方もお誘いし、韓国でお世話になっている画廊さんや通訳も交えて賑やかに卓を囲んだ。
お客様が持ち込んだウィスキーやビールで限りなく乾杯が続き、下戸の私はとてもついて行けない。
広いお店に私たち以外は全ていなくなったにもかかわらず宴は続き、私は眠い目をこすりながら早く終わるように心で念じていた。

いやはや皆さんお強いしげんきだ。


1月19日

開場前に私どもでも発表をしている王建揚の個展を見に行く。
ずっと写真で発表を続けていたが、今回は初めてタブローの作品での個展である。

テーマは変わらず、キャラクターを使うおタッキーな表現を前面に、街中で見られるスプレーの落書きアートを背景に、 アラレちゃんなどのキャラクターを使うおタッキーな表現を前面に配している。
もともと大学では油絵を専攻していたこともあり、その素地は十分に伺える興味深い展示であった。
私どもでの発表も考えてみようと思っている。



1月18日

ワンアートタイペイが始まった。
今日はVIPの内覧会で正式オープンは明日からで土、日、月曜と三日間開催される。

新しいアートフェア・ダンダイが盛況なだけにどれだけの人がきてくれるか心配したが、やはり例年のホテルフェアに比べると出足は悪い。

ただ有難いことに、私どものブースには開場前からお客様がやってきて、人気の中村萌は早々に売れていく。
初めて紹介した紹介した松川栞や三木サチコや常連の山本麻友香や北村奈津子にも関心が集まる。

新たなお客様の出会いがあったり、はるばる日本からわたしどもの作家を目指してやって来てくれる方もいて、有難いことである。

また著名な日本のコレクターも顔を出してくれて、これも四つのフェアが同時に開催された効果かもしれない。

結果初日としては私どもは上々のスタートとなった。

終えて、夜は画商仲間や作家さん達と会場近くの小龍包で有名なお店へ。
料理はどれも美味しくみなさんも大満足のようであった。

皆さんは飲み足りないのか別に席を移したようだが、わたしは昨日が丸一日フル運転だったので、早くに部屋に戻りバタンキュー、おやすみなさい。





1月17日

台北到着。
なんと肌寒い。

ホテルに入り早速展示準備。
今回は作家の松川栞君が一緒に来て展示の手伝いをしてくれた。

部屋は広くもう少し作品を持ってきても良かったかもしれない。
ただ今回は全て手持ちで来たので、3人で持って来るにはぎりぎりの量であった。
運送業者や国際郵便を使うとそれなりの費用がかかるが、手持ちだと重量オーバーの超過料金を取られてもほんの僅かで済む。

展示も段取りよく6時には終わり、細いか所は明日に回して、今日がVIP内覧会の台北當代藝術博覧DANGDAIに行くことにした。
このフェアは香港やシンガポールのフェアのディレクター・マグナス氏が企画した今までにない台北での大きなフェアで、 欧米の一流画廊や日本を含めたアジアのコンテンポラリー系の画廊が参加したスケールの大きいフェアである。

7時過ぎに到着したが、まだ大勢の人で溢れていて大盛況である。
ホワイトキューブやガゴシアンといった大手画廊が会場の中心に位置し、 ビッグな作品を展示していて、今のアートシーンを目の当たりにすることができる。

上海、北京、香港の画廊も多く参加しているが、やはりテーストが違うのか、私には首をひねる作品が多いような気がした。
見慣れたせいもあるのだろうが、日本の画廊のクオリィティは高いように思えた。

広い会場を歩き回りさすがに疲れたが、終えていつもお世話になるF氏の招待でタイ料理の店へ。
料理も美味しく話も弾み、部屋に帰ると日本時間で1時半、朝3時半に起きて台北に向かったので、さすがに70過ぎの私には応える。

明日からは無理せずフェアを楽しみたい。



1月16日

明日から台北へ。
18日からホテルフェア・ワンアート台北が始まる。

最初出る予定がなかったのだが、主催者の要請で参加することになった。
主催の画廊さんが私どもの作家さんの個展などをしていただいていることもあり、無下に断ることもできず、重い腰を上げた。

この時期、新たに3つのフェアが開催されることになり、その一つは欧米の大手画廊が参加する台湾では今までにない大きなフェアがあり、 そこにお客様が分散してしまうのではとの思いもあって、参加を見合わせていたのだが。

これだけのフェアが同時に開催されるので、文字通り台北はアート一色に包まれるが、韓国でもそうであったように、同じ都市でいくつものフェアが開催されることで、 お客様が食傷気味になり、関心が薄くなることを心配する。

欧米資本も市場の大きいところに積極的に出ていく傾向にあるが、 香港やシンガポールとは違い欧米の人たちが少ない台北で果たして思惑通りに行くかどうか難しいところである。

どちらにしても参加する以上はそれなりの成果を上げるつもりで、出品作品もセレクションしたが、お客様の目にとまることを期待したい。




1月14日

河口湖に来ています。
雪が心配されましたが快晴、とは言え外は0度。
青空の中富士山はひときわ美しく聳え立つ。

遅くなったがようやく富士浅間神社に初詣に行ってきた。
今年一年の安寧を願い、これで心もスッキリ。

お昼は湖畔の片隅にひっそりとたつ不曽庵に行く。
窓越しに見える湖の鳥達を眺めながらお汁粉を注文。
甘いものが無性に欲しくなりやってきたのだが、ここのお汁粉は絶品。
ただこれだけではお腹は物足りず、お蕎麦を追加したがさすがに苦しい。

帰ってからは、別荘の施設内にある温泉とサウナでポカポカで体も温まり極楽極楽。



1月13日

今夜は大学の同窓の画商が10人ほどで集まり新年会。
以前は頻繁にやっていたのだが、みんな忙しくなり久しぶりの集まりである。

それぞれ長い間欠けることなくこの業界で活躍していて、さすが我が大学である。
ただ70を過ぎた連中が集まると、話はどうしても病気の話になってしまう。

半分が癌の手術を受けていて、二人に一人は癌と言われるがその通りである。
癌でなくても原因不明の症状に悩まされているのも二人いて、ほかもどこかがたがきているようだ。

お陰で私は手術もすることもなく、今のところどこも悪くないが、一昨年に高速道路で居眠り運転をして道路側壁にぶつかるという事故を起こしてしまった。

その後も日中気がつくと眠っていることが多くなり、心配で人間ドックで紹介された睡眠ケアクリニックで一晩入院して、睡眠の状態を検査してもらうことにした。
結果軽度の無呼吸症候群であることがわかった。

対処はマウスピースを作ってそれをはめて寝ることらしいが、さてそれで治るのだろうか。

まあどちらにしてもみんな体調管理に気をつけて、いつまでも元気で集まりたいものである。

1月12日

今日から望月通陽展が始まった。

朝から雪がちらついていて、望月の最初の個展が思い出される。

35年前の1月に望月の初めての個展を開催した。
その前の年の4月に父親の画廊椿近代画廊を離れ、新たな道を歩みだし、ようやく1月にスペースを京橋に持ち、 成人式の翌日を新たなスタートの日と決めて、望月通陽展を開く運びとなった。

全く無名のそれも染色という今までやってきたジャンルとは異なる工芸の展覧会が皮切りとは、 今思うとよくやったもんだと若さゆえだったのかもしれない。

望月夫妻もまだ若く、乳飲み子をおんぶしながら展示をしていたのを懐かしく思い出す。
真冬なのに望月はランニングシャツに柔道着のズボン、それも染色に使うノリが乾いて黄色くなってあちこちにこびりついていて、 まるで山下清のようであった。

この格好で静岡から新幹線に乗ってきたというから驚く。

いよいよ初日、期待に胸を膨らませての第一歩であったが、なんと大雪。
誰一人やって来ない。

画廊も作家も誰も知らない、その上大雪で交通も乱れているときたらやってくるわけがない。
その後も人は来ず、結局9人だけの来場者に終わり、作品も一点だけテーブルクロスが売れただけであった。

スタートは切ったが果たしてやっていけるだろうかと暗澹たる思いであった。

その後、私の画廊も軌道に乗るようになり今に続くわけだが、望月は染色だけでなく本づくりや装幀、木彫、ブロンズ、 ガラスなどによる立体作品から版画やペン画や刺繍まで幅広い平面の仕事まで、やらないのは油絵くらいのもので、 そのジャンルはとどまるところなく広がり、旺盛な制作意欲とともに、 望月は押しも押されぬ染色作家の第一人者に上り詰め現在に至るのである。

そんなこともあり、今日の雪の気配は、35年前の展覧会がよみがえり、私の脳裏を走馬灯のように駆け巡っている。
ひときわ感慨深いものがある。

前置きが長くなったが、今回は今まで使った植物染料と違い、土や炭を混ぜた染料を使い、 小さな刷毛でかたどった型紙の周りを撫でるように描いていくと行った手法を使っている。
エディションはあるが全て手書きなので同じようにはいかないのだが。
手法は変わってもテーストは当時のままで望月独特の飄々とした温もりが伝わってくるような世界が展開されている。

雪のちらつく寒い中ではありますが万難を排し是非のご高覧をお待ちしています。



1月11日

昨日はお世話になっているK氏がお嬢さんを連れて画廊にやって来た。

お嬢さんが大学の研究発表で映像による中村萌のドキュメンタリーをつくっていて、 今日大学でその発表が行われるということで、事前のチェックを兼ねて映像を見せてもらうことになった。

長い期間中村萌を追いかけ、彼女の考え方から制作過程、台北のフェアの情景などなどが映像で綴られている。

興味深く見たのは大きな材木をチェンソーで切り取るところから始まり、荒削り、粗彫り、鑿による仕上げ、彩色まで、 そして完成し、展示されるまでが時の経過とともに映し出され、大変興味深く見ることができた。
長年私もアートの仕事に携わっているが、身近な作家の制作過程を時系列で続けてみることは全くなかっただけに、 作家たちの制作に向かう真摯な姿勢と作品への取り組みにに改めて感心させられた。

更にインタビューなどを加えて編集された画像は7月の個展の折に公開されることになっているので乞うご期待である。


1月9日

7日から仕事が始まったが、家の松飾りがそのままで気になるが、松の内がいつまでだったか調べてみることにした。

どうやら東では7日、西では15日となっている。
東では7日に七草粥を食べたり、鏡餅をお汁粉にしたりするのだが、暮れに墓参りと氏神様にお参りした後、 オーストラリア・タスマニアに長男・長女家族を連れて出かけたので、初詣はまだ済ませてない。
松飾りを片付けるのは神社にお参りする時にして、西に習い15日までは飾っておくことにした。

ついでに松飾りの由来を調べてみると、歳神様に由来していて、農作物の神様で家を守る神様でもある。
その歳神様がお正月に家に帰ってきて鏡餅にしばらくお泊まりいただくのだそうだ。
門松や松飾りは歳神様が迷子にならないように目印になっていて、歳神様が家を出るまでを松の内という。
うちではあと5日ほど歳神様にゆっくりしていただくことにした。


1月8日

明けましておめでとう御座います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

7日より仕事始めで、展覧会は12日より望月通陽展「TAROT」
GT2では長谷川健司展「自額自賛」を開催いたします。

海外では18日から始まるホテルフェア・ワンアート台北に参加します。

今年も忙しい一年になりますが、ご期待に沿うべく展覧会を企画してまいります。
皆様のお越しを心よりお待ち申し上げます。

私のPCからの操作ができなくなったこともあって、日記もしばらく滞っておりましたが、 なんとか頑張って日記を続けていきたいと思っておりますのでお目通しのほどよろしくお願い申し上げます。

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