Diary of Gallery TSUBAKI
ギャラリー日記 バックナンバー (2006年7月〜9月)
 
Diary of Gallery TSUBAKI
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7月1日

来週からは恒例の京橋界隈が始まる。
回を重ねる事12回となり、今回は14画廊をが参加する。
バブル崩壊を経て、見に来る人が少なくなった画廊にお客様を呼び戻そうと始めた企画だが、すっかり夏の風物詩となった感がある。
この間、多くの画廊が京橋に集まり、この地域の活性化にも貢献できたようで京橋界隈の呼び名も一人歩きするようになった。
ところが2年程前から、日本橋、八重洲、京橋の地域再開発計画が始まり、この周辺の画廊も立ち退きを余儀なくされ、京橋の地から離れていく画廊が多くなった。
私のところも2年半前に立ち退く事になったが、幸い斜め向かいにいいスペースがあり事なきを得たが、周りは空き地だらけとなり、寂しい限りである。
このため参加画廊は減少の一途をたどったが、続ける事に意義があるという信念でここまでやってくる事が出来た。
私のところでは毎年このイベントには期待の新人を紹介することにしていて、今回は服部知佳を紹介させていただく。
彼女は2年前に多摩美の版画科を卒業しGTUで初めての個展を開いた。
その時発表した木版画は大変な好評をいただいたが、同時に発表した油絵に私は惹かれた。
彼女が表現する色彩に私は何故か不思議な色気を感じる。
植物や動物、魚を大胆な構図で表現する面白さにも惹かれるが、その色彩が艶かしく感じるのだ。
マティエールや形に惹かれることはあっても色彩そのものに魅力を感じる事は滅多にない。
若干25歳の新人作家だが大いに期待したい。

7月3日

日記でも何度か紹介した個人メセナ・アートソムリエとして活躍しているYさんが、このたび官民人事交流ということで民間企業からお役所へ出向する事になった。
こういうのを天上がりと言うのだろうか。
新たに公務員と言う立場からアート普及に努めていただきたい。  
そのYさんから送られてくる「隠れ家のひまつぶし」も第191節となり200節も間近となった。
アートの関連記事を中心に、団塊世代ということもあって老後のライフスタイルなどの記事を取り上げ、小冊子にして私達に紹介してくれる。
見落とした記事や貴重な情報が紹介されていて、楽しみでもあり大変重宝もしている。
今回も興味深い記事があったので一部紹介する。

アートオフィスJC・秋華洞の機関紙「美術品収集の達人に聞く」のインタビューに登場した明治学院教授で日本美術史が専門の山下祐二氏の記事が紹介されている。
氏は専門の古美術の研究以外に現代アートを中心にギャラリーを回り、コレクションをされているとの事。

いくつかのコメントが我が意を得たりであった。
「僕が買っているのは、ほとんど、まだ若い、世間で認知されていない作家なんですけど、そういう人、その才能に対する(敬意)の表現として買ってますね。それとエンカレッジ(励まし)」
「保証された価値にしか眼を向けない人が美術の世界ではあまりに多いので、その真逆をやってやろうと思ってるんです。」
「ジャンルは関係ないんです。過去のものであれ、現代のモノであれ。自分と一対一の関係を如何に切り結ぶかと言う事なんです。世間の評価かなんて関係ないんです。」
「<買えるかもしれない>という思いで見ると真剣度は増しますよね。」

7月4日

ソールオークションから電話が入って、10月にアジアの人物を中心としたテーマで現代美術オークションを開催するので、村上隆や奈良美智などと共に山本麻友香を出品してくれないかと言ってきた。
先日も秋のシンワオークションでコンテンポラリーオークションが予定されていて、私のところで発表している山本麻友香をはじめ若手作家を出品しないかと打診してきた。
名指しをしてくれるのはありがたい話でもあるが、これは危険だぞとの臭いがぷんぷんしている。
公開オークションというのは、セカンダリーマーケットであって、プライマリーマーケットとは一線を画さなくてはいけない。
要は、オークション市場に種が尽きてきて、第二、第三の村上・奈良をねらって私達プライマリー画廊にまで触手が伸びてきたのだろう。
私達は作家の新作を画廊で発表し、直接お客様に買っていただく画商として極々当たり前のことをやっているのだが、オークション市場で高い価格で落札される事でその価値を高め、お客様に売るよりは、相場で動く業者や投資家に売るほうが手っ取り早いと思っている画商も多い。
確かに高くなっている時はいいのだが、景気が下向きになってきた時に、ただただ投資目的で買っていた業者や投資家達は作品に愛着があるわけではないので、オークションで投売りをし、その結果作家や扱い画廊までがその渦に巻き込まれる悲惨な状況を何度も見てきた。
作品の価値というのは細く長くの結果であって、作家とお客様の長い付き合いの中で生み出されるものである。
お客様が作品を手放さずに大事に持って下さる事で、世の中に出回る作品がなくなり、作品そのものの評価が高まると共に希少性がプラスされて、プレミアムの価値がついてくるのが正当な評価だと思うのだが。
どちらにしてもいい時もあれば悪い時もある、人生山あり、谷ありで、今までのやり方で何とか不況も乗り越えてきたのだから、作家さんやお客様には申し訳ないが長い目でギャラリー椿を見届けていただきたい。

7月5日

今日も朝から処分を依頼された美術品の鑑定・査定に行って来た。
100点ほどあるということで、またカビだらけ、埃だらけの中で山を掻き分け掻き分け見なくてはならないのかと覚悟して出かけたが、玄関前に家の方が出してくれていて一安心。
さぁお宝発見・・・・とは残念ながらいかなかった。
毎回の事で、あまり期待はしていないのだが、それでも梅雨の蒸し暑い中を出かけて、汗だくで汚れた箱から一点一点出しては眺めるのだから、神様少しはいい思いさせてくれ!
横山大観、川端龍子の掛け軸は複製、上村松篁、梅原龍三郎はリトグラフ、といった具合で箱から出すたびに手の力も抜けてくる。
それでも家族の方が大した評価と思わなかった脇田和や宮崎進の油絵や印刷と思っておられたシャガールの大きな版画などもあり、それなりの評価をさせてもらう事で喜んでいただけるのでは。
こうした鑑定・査定・買取の仕事も画商の仕事の一つであり、40年近くの画商歴がこうした時には役に立つ。
私の好きな作家たちの展覧会だけで画廊運営ができれば、それに超した事はないが、理想通りには中々いかず、いつも日記で偉そうな事を言っているわりに、こうした内職仕事で糊口をしのいでいるのが実のところでお恥ずかしい。
以前に自分のコレクションで個人美術館を開いた画商がいるが、そこを訪ねた折に掛け軸を抱えながら、美術館を維持するためにこうしてしがない風呂敷画商の真似事もやらなくてはならないと嘆いていたが、その気持ちがとてもよくわかる。

7月6日

 講談社から大崎善生著「優しき子よ」が送られてきた。
 装幀の第一人者菊池信義氏の手により山本麻友香の「ピンク・ベアー」が装画としてこの本の表紙を飾った。
 ノンフィクション「聖の青春」でデビューし、同作品で新潮学芸賞、「将棋の子」で講談社ノンフィクション賞を受賞し、初めての小説「パイロットフィッシュ」で吉川英治文学新人賞を受賞するなど活躍中の大崎氏の私小説である。
この「優しい子よ」のタイトルとそのストーリーのために描かれたのではないかと思うほど、「ピンクベアー」の絵はマッチしていて、この表紙を見て本を手に取る読者も多いのではないだろうか。
 他人の幸せを祈りながら逝った少年との交流を描くいた私小説だが、ひたすら感動・涙・涙で、電車の中など周りに人がいるところでは読まない方が無難のようだ。
 以前に、ある講演でダウン症の子供たちの話を聞く事があったが、この子ども達を不幸に思ってはいけない、この子達は人に優しさを教えてくれる天使達なのだからと聞いて胸を打たれたことがあった。
感涙の作品集、是非一読を。

7月7日

昨日、今日と力仕事で、日記にも書いていた処分を依頼され、作品の引き取りに行って来た。
2軒合わせて約200点の作品を運び出し、積み込むだけでも大汗で60過ぎた身にはきつい仕事である。
先日の韓国のフェアーでも飾り付けを社長自らやっているのは日本の画廊だけで、韓国をはじめ海外の画廊は椅子に座って指示するだけで手にトンカチを持つなんて事はしない。
一緒にブースを出していた日本の画廊のオーナーが、イタリアのフェアーで同じように自ら壁に釘を打っていたら、イタリアの画廊主がやってきて、社長がそんな事をやっていては安っぽく見られ、売れる絵も売れなくなりますよと言われたそうだ。
とは言え、貧乏な日本の画廊主たちは人を雇う金もなく、ひたすら重い絵を担ぎ、脚立に登っては絵を飾るのであった。
こうして苦労して運び出した作品の中には、長い間探していた恒松正敏の百物語「20」が出てきたり、小林健二の古いオブジェ、加納光於や平賀敬、金子国義、アラーキなどの珍しい初期作品などが入っていて、大汗をかいた甲斐があった。
今夜も遅くに、先月終わった小林健二展の120号と100号の大作をレンタカーで運び、お客様のお宅に飾らなくてはならない。
休む間もなく動き回っているのに、私のお腹がへこまないのだけが腑に落ちない。

7月11日

京橋界隈が始まって一週間が過ぎたが、例年に比べると来客数がかなり少ない。
いつもだと暑い中を汗を拭き拭き、大勢の人が回ってくるのだが、どうした事だろうか。
いつもの夏に比べても、それ程暑くもなく、雨も梅雨の割には殆ど降らず、条件はいいはずなのだが。
12回目ともなると飽きられてしまったのだろうか。
私の周りの画廊も7軒の画廊が引っ越したりやめてしまったりで、めっきり少なくなり、それだけ来る人も減ってしまったのかもしれない。
他の画廊も数軒だが聞いてみると、同じように嘆いている。
果たして来年も続ける事が出来るか微妙である。
幸い私のところの展覧会は、初日に大作を3点残して残りが全て売約となったので、営業的には良かったのだが、それにしても来る人が少ない。
毎年うちでは、京橋界隈はたくさんの人に見てもらえるという事で、新人作家の個展を開催し、紹介する事にしている。
知ってもらえる事が先決で、その上結果がついてくれば言う事無しなのだが、今回紹介の服部知佳は期待の新人だけに、一人でも多くの人に作品を見てもらいたいと思っている。
これが終わると来週からはギャラリーコレクション展、8月後半には京橋界隈オークションと続くが、秘蔵の名品から珍品まで、新旧の作家の作品が多数出品されるので、こちらもご期待いただき、暑気払いに是非来廊をお待ちしている。

7月20日

先週から今週にかけてディーラーのオークションが三つもあったり、展覧会の入れ替えや何やらで日記が滞ってしまった。
今日からは若手作家を中心にギャラリーコレクション展が始まった。
朝から大勢の人が見に来て、先週までの京橋界隈展の時より人が多いようだ。
毎月のように個展を中心に企画している事で、かえってこうした多才な顔ぶれが揃うコレクション展が新鮮に写るのだろうか。
第二部の物故をメーンにしたコレクション展も、普段私のところでは見られない作家の作品が並ぶのでこれまた話題を呼ぶかも。
私もこうして一年に一回、普段は棚の奥にしまわれてしまう作品を取り出して見るのも楽しみの一つで、夏の画廊の風物詩の一つに付け加えていければと思っている。
ところで先週のオークションにクリスティーズ・アメリカの副会長のジョナサン・レンドル氏が来訪し、欧米のオークション市場について語ってもらった。
欧米特にアメリカの美術市場は空前の好景気で、バブル崩壊以前の価格を超えてしまう作家が続出していて、不況の長い日本から見ると羨ましい限りである。
さらに香港やニューヨークで開催されたアジアンアートオークションも好調で、中国バブルを背景に活況を呈したようだ。
但し、昨今の状況を見ているとアメリカ経済には陰りが見えるし、中国美術の高騰ぶりも果たしていつまで続くのやらと冷ややかに見ているのだが、彼の話では秋のメーンセールでは多くの名品が出品される予定で、今以上の成果をもたらすと強気の姿勢を崩していない。
それでも布石は打っていて、先般のオークションでもロシアのコレクターを招き、高額品を破格の値段で落札してもらったようだ。
更には、アジアンアートに続き、経済力が急速に伸びているインドでのオークション、原油高で沸くオイルダラーのお金を狙ってドバイでのオークションの開催を予定をしていて、インド美術、中近東美術に新たな付加価値をつけ、新市場の開拓にも余念がないのはさすが。
さて、日本は果たしてどうなっていくのだろうか。
景気回復の波は美術業界にはまだまだ訪れては来ないようだが、先週の交換会の状況を見ていると業者間での取引はかなり活発化してきた。
これは決して景気回復に裏付けられて需要が増大しているわけではなく、金融が緩んできた事で今まで買い控えていた業者が買いに入っているだけで、実際の購買層にはまだまだ結びついてはいない。
但し、こうして業者間の売買が活発になると、今まで公開オークションに回っていたお金が業界に還流し、急成長を遂げてきたオークション会社にも影響が出てくるのは必至。
もう一つ気になっているのは、今までプライマリーマーケットで頑張ってきた画廊のいくつかが力尽きたのか、業者間取引に重きを置くセカンダリーディーラーに姿を変えつつある事だ。
もう少し頑張ってもらい、私達と共にコレクターの方に喜んでもらえるような展覧会を企画し、真の需要の掘り起こしに力を貸して欲しかったのだが。

7月21日

弓の会の集まりがあった。
この会は今はなくなってしまった日本テレビの美術番組「美の世界」の司会をされた井田由美アナウンサーを囲んで、その番組で取り上げられた作家有志達が集まって賑やかに食べて飲んで旧交を温めようという会である。
要は美人アナウンサーに一目会って食事が出来ればそれだけで大満足という会である。
私は作家でもないのにどういうわけかメンバーの一人に加えてもらい、お声が掛かるといそいそと出掛けていくことにしている。
知性があって、おしとやかで、美しくて、美術番組にこれほど相応しい司会者はいないだけに、是非番組を復活してもらいたいものだ。
聞くところによると、テレビ番組の規定で美術などは必ず取り上げなくてはならないのだそうだが、視聴率が取れないために早朝かもしくは深夜の放映になってしまう事が多い。
最近は視聴率をとるためにバラエティーやクイズのような形をとる事が多くなったが、多少はアカデミックな番組があってもいいのではないだろうか。
そういう意味では、NHKの「新日曜美術館」は日曜日のゴールデンタイムに放映されていて、公共番組の一つの見識と見ていいだろう。
来年は弓の会のメンバーの展覧会が企画されていて、その時の再会を楽しみにしている。

7月22日

昨日の夜、画廊のパソコンに気味の悪いメールが入ってきた。
写真が添付されていて、何と自分の家の中が撮影されているではないか。
部屋に飾ってある絵から推察すると1年程前の部屋の様子が撮影されている。
送信先がギャラリー椿になっていて夜の7時半に送られてきたのだが、その時間にはスタッフも全員残っていて、夫々がパソコンを操作していて、そんな事が出来る筈もない。
毎日、出会い系やらバイアグラのメールに悩まされていて、そのメールを消すだけでも一苦労でいい加減にして欲しいと思っていたのだが、こんな薄気味悪いメールは初めてである。
パソコンのフォルダの中に同じ写真が入っているかを調べてみたが、どこにも見当たらず、どうしてこんな写真がとられたかもわからないし、誰かに覗き見られているようで女房なんかはすっかり怯えきっている。
盗撮とか盗聴といったものが実際にある事に驚くと同時に、室内には人を見るとけたたましく吠える犬がいるにもかかわらず、どうやって撮影したのか不思議でならない。
「テスト ファイルが添付され、このメッセージと一緒に送信する準備が出来ました」と書かれているだけで、どういう意図があるのかもわからないし、次に何が送られてくるのか心配でならない。
娘の旦那がセキュリティーの専門なので、転送をしてどこから送られてきたかを調べてもらう事にしている。
皆さんもこんな経験ありますか。

7月23日

空梅雨と思っていたら、この一週間各地で大雨の被害が出ていて、梅雨明けも何時になるやら。
東京もぐずついた天気が続いているが、有難いのは気温が低くて、夜なども窓を開けて寝ていると寒いくらいである。
月曜日に一軒丸ごと家具調度品を含めた美術品の処分をしなくてはならず、この話を聞いた時にはこの暑い中を勘弁して欲しいと思っていたが、暑さの方は何とかなりそうである。
水道工事から畳の張替えまで何でもやりますみたいで嫌なのだが、友人の紹介で仕方なく引き受けてしまった。
アルミバンと言って箱型のトラックを借りる事になっているが、さてトラック一杯の作品が画廊に来てもしまうところがなく、頭を痛めている。
画廊のすぐそばに、家具つきの新築マンションが出来て、事務所兼応接室兼宿泊施設として8月から借りる事にしたが、こちらも多分倉庫になってしまう日も遠くないだろう。

7月27日

月曜日に一軒丸ごとの美術品、調度品の処分に行ってきた。
蒸し暑さと埃と黴と蚊との戦いの末、箱型2トントラックの天井一杯分の荷物を運び出した。
それでも全部は運び出す事が出来ずに、9月にもう一度行く事になったが、もう勘弁して欲しい。
運び出しながら、下請けを頼んだ古道具屋さんのKさんがこういう仕事をしていると、黴を嫌と言うほど吸い込んで、必ず肺がんになりますよと言う。
慌ててハンカチをマスク代わりにしたが、もう手遅れかもしれない。
そう言えば、4月末から咳がずっと止まらないが、少し心配になってきた。
道具類がしまってある戸棚や押し入れの鍵が何処にあるかわからず、ドライバーなどでこじ開けるのだが、他人が見たら、間違いなく泥棒と勘違いされるだろう。
そうした戸棚から抹茶茶碗や漆器などが山のように出てきたが、果たして値打ちのあるものが出てくるだろうか。
今度借りた銀座のマンションで使えるかなとマイセンやドルトン、ウェッジウッドなどのコーヒーカップやお皿、イギリスの銀製のスプーンやナイフのセット等洋物の古そうなものだけは選り分けたが、花柄模様やデコラティブ過ぎて画廊ではいたって評判が悪く、フリーマーケットにでも出すしかなくなった。
400点ほどの道具類は今日の午後からの市に出す事になっているが、果てさてどんな結果が出るだろうか。

7月29日

オランダのギャラリーキャンバスのオーナー・マーティン氏が来日した。
今年の暮れからアムステルダムの彼の画廊で山本麻友香の個展が予定されていて、アトリエを訪ねてみたいという事で前橋のアトリエに案内した。
既に出来上がっていた新作を熱心に眺め、予想以上だったのか、帰りの車の中でも彼女のポテンシャルは素晴らしく、これからが益々楽しみであると興奮気味に話していた。
帰りに池田・山本夫妻に渋川にある利根川沿いの料理屋で鮎料理をご馳走になった。
川風に吹かれながらの鮎のご馳走は風流且つ美味で、川魚はどうかなとの心配は無用で、塩焼き、味噌和え、刺身、フライと次々に6匹の鮎を平らげ、こちらの方が吃驚した。
彼の画廊は古い消防署をそのまま使っていて、天井高は7メートル、総壁面は300メートルだそうで、美術館顔負けの広さで、ただただ呆れるばかりである。
その全部を一人の個展で使うわけではなく、同時に何人かの個展を開催するとのことで、どのくらいの数を描かなくてはいけないのかと心配していたが、先ずは一安心。
寒い冬のアムステルダムの展覧会となるが、大いなる反響を期待したい。

8月2日

コレクション展もがらっと変わって物故作家を中心に、個性派作家や私が好きな作家たちの70年代、80年代の作品に模様替え。
長い梅雨も明け、本格的な夏到来となったが、思いのほか涼しいせいか、初日からたくさんの人が訪れる。
フジタの「窓辺の少女」、山口薫「親子馬」、香月泰男「コスモス」、長谷川利行「オリエント・カフェー」といった私の画廊では滅多にお目にかかれない高額作品から、加納光於、平賀敬、織田広喜、脇田和、小山田二郎などの初期作品まで70点余の作品が壁一杯に展示されている事もあって、熱心に見ていかれる方が多い。
私自身もこうして珍しい作品が並ぶのを見て、一ファンとなってついつい見とれてしまう。
偶然の作品との出会いがあったり、探していた作品が見つかったりで、僅か一日だがドラマティックな場面がいくつもあって、主催者冥利に尽きる。
来年の夏には果たしてこれだけの作品を集める事ができるだろうか。
私の画廊としては空前絶後、人跡未踏の展覧会になるかもしれない。

8月3日

日曜日に私のところのスタッフだった中林亜実のカフェ・ギャラリーがオープンをし、そのお祝いに行ってきた。
暑い中をペンキ塗りなど自分達の手で仕上げた、文字通りの手造りのお店が誕生した。
大きなテーブルは父上の元東京芸大教授・現大阪芸大教授で銅版画家の頂点に立つ中林忠良画伯の手により作られ、その上にお店自慢の料理が並んだ。
壁には画伯の絵は勿論のこと、何と駒井哲郎の代表作「束の間の幻影」がさりげなく掛けられていた。
この作品は昨日まで、中林邸のトイレに飾られていたと言うから恐れ入る。
お兄さんの「これだけたくさんの方に集まっていただいたのも、私の人柄のお陰」とのユーモラスな挨拶の後、中林画伯から指導を受けた事のある恒松正敏氏のアコースティックギターによるミニライブが始まった。
ロッカーと絵描きの二足の草鞋を履く彼だが、さすが伝説的ロックバンド・フリクションの名ギタリスととして鳴らした腕前は見事で、中林家からすっかり主役の座を奪ってしまった。
こうして恒松氏をはじめ多くの友人・知人達が祝福に駆けつけてくれたことは何よりの喜びだろう。
しかしこれからは経営の厳しさ、接客業の難しさと多くの苦難の道も待っていて、全てが順風満帆とは行かないだろうが、身体にはくれぐれも気をつけて、成功する事を祈っている。

8月4日

ここ両日、韓国からのお客様が多い。
表画廊のオーナー、カナギャラリーの国際部長、クムサンギャラリーのスタッフ、KIAFのスタッフなどだが、みな美人の女性ばかりで、やけにご機嫌ですねとスタッフに言われる。
巷ではよく韓国の女性は整形美人が多いと言われるが、とてもそんな事をしているとは思えないぐらい肌つやの綺麗な女性達ばかりである。
韓国の画廊のオーナーもスタッフも殆どが女性で、オーナーは会社社長夫人か大学教授夫人といった人が多く、スタッフも殆どが海外の有名大学の博士課程を終了した才色兼備の女性達である。
向こうでは美術品が上流階級のステータスのようになっていて、そうした階層の人たちの中で画廊も密接なつながりを持っているようだ。
また税制上も美術品には優遇措置が施されていて、お金持ちが資産として美術品を持ちやすい環境が作られている。
相続税なども聞くところによると、美術品を持っていれば、その評価額から40%が控除されらしく、それでは現金や株を持っているよりは美術品に換えておこうとなるのは当たり前である。
画廊にもアートフェアーや企画展などに助成金が下りたり、ビルを建てる時には建築費の1〜2%は美術品に割かなければいけないという決まりもあるそうで、兎に角羨ましい限りである。
これも政策の上で、文化を守り育てていこうという政府の考え方がはっきりしているからである。
国立美術館の予算がようやく1億円計上する事が出来たなどの話が、トピックスとして新聞で報じられるように、日本の文化行政の貧困さが余計に際立って見える。
私の高校の後輩でもある安倍晋三の「美しい国へ」はまだ読んでいないが、果たして文化についてはどう考えているのだろうか。
小泉さんにもオペラだけではなく美術にももう少し関心を持ってもらいたかったのだが。

8月5日

小田原の和菓子屋「菜の花」の主人Tさんのところに小林健二の大作を届けに行って来た。
Tさんは、古いものから新しいものまで幅広いコレクションで知られ、ご自分のお店でも陶芸、漆芸、木工、染色、などの作家の個展を早くから企画し、その多くが今や売れっ子作家として活躍している。
私のところの作家とも縁が深く、お店の包装紙は望月通陽の手によるもので、その望月通陽や舟山一男、小林裕児等の展覧会を開いてもらった。
趣味がこうじ、小田原城の近くにうつわ「菜の花」と言う茶室のある展示場まで作ってしまうほどの美術好きである。
今回はそのーうつわ「菜の花」ーの床の間に小林健二の作品を飾らしてもらった。
そこには、井上有一の書が掛けられていて、それは惚れ惚れするような字で、書にこれほど感動する事は滅多にないが、いや素晴らしい字だった。
それを押しのけて飾らしてもらうのだから光栄の至りである。
「貧」の字で知られる井上有一は20年前に没したが、生前は職業芸術家を拒絶し、生涯を小学校教師として過ごし孤高を貫いた書家である。
没後高い評価を得、国立近美、京都近美、国立国際など多くの美術館に所蔵され、今やその評価は高まるばかりである。
T氏は強烈な色彩と毒気のある画風で知られる平賀敬とも知己が深く、その作品も数多く持っておられるが、私どものコレクション展用の作品4点も今回お願いする事になった。
このように多様な美術を愛するT氏は仕事でも精力的で、大繁盛の箱根店に次いで熱海店のオープンを予定している。
「菜の花」の和菓子は甘さも程々、口当たりの良いとてもおいしいお菓子ですので、温泉の帰りに是非寄ってみてください。

8月7日

コレクション展の始まる直前に、大阪から若いお客様M氏が訪ねてきた。
元々は福岡の方で、福岡の大学時代に河原朝生の作品に惚れ込み、福岡の画廊で版画作品を購入した。
卒業後ようやく油絵を給料で購入できるようになると、なんとまとめて数点の河原作品を手に入れてしまったそうだ。
そしてつい最近、100号の絵まで予約してしまったとのことで、その惚れ込みようには驚かされる。
そのM氏が初めて私のところに河原作品の」問い合わせでお見えになった。
M氏を作品が引き寄せたのか、M氏の河原作品に賭ける思いが通じたのか、偶々コレクション展用に出品する予定でいた河原作品の旧作が手に入ったところだから、偶然とは恐ろしい。
画集に出ている作品も全て頭の中にあるのだろう、15号の作品を一目見るなりこれは画集に載っている作品ですねと言い当て、更には画集のカットになった素描や代表作の下絵となった作品なども熱心に見つめ、あらためて作品との出会いというのはこういうドラマチックなものなのかと感じ入った次第である。
大作を予約したばかりの若い方に、お願いをするのは気が引けたが、こうした旧作に出会うことは滅多にない事でもあり、この出会いを大切にということでお求めいただく事になった。
学生時代に出会った作家を追いかけ、思いの作品に出会うのも、美術へのひたむきな気持ちがそうさせるのであろう。
いい出会いに感謝である。

8月8日

台風7号の接近に伴い、東京も雨模様。
台風は嫌だが、先週からの猛暑が和らぎ、歩いていてもそれ程暑さを感じないのは有難い。
そんな事もあって、日比谷まで歩いて、日曜日から始まった美楽舎コレクション展に行ってきた。
絵好きな人が集まって始まった会も今年で16年目、コレクション展も15回目を数える。
最初のメンバーは会長がアートソムリエのY氏で、主要メンバーにも私どもで懇意にしているコレクターの方が大勢参加していた。
創立の方達は殆どが退会され、私とのなじみも薄くなったが、今回はコレクターの方から私どもでお願いした山本麻友香の30号の旧作や開光市などが出品されるとあって、楽しみに出かけた。
三岸節子、山口長男、駒井哲郎やミロ、タピエスといった著名な作家から川島秀明、時松はるなといった若手作家まで多数が展示されていて、興味深い。
美術館でも最近は個人コレクションの企画が目に付くが、美楽舎のコレクション展はその魁と言ってもいい。
久しくご無沙汰しているコレクターの方のお名前もあり、お元気でいる様子で安心すると共に、最近お寄りいただけない寂しさもあり、また画廊にお寄りいただける事を願っている。
また、こんな方がこうしたコレクションをしていたのかと、新たな面を知ることも出来、見に行った甲斐があった。
山本麻友香の作品を出品したS氏が壁一杯に古い幟を展示しているのに驚かされたり、先日の若手作家のコレクション展で高木さとこの作品を買っていただいたT氏が四谷シモンなどの人形作品を出品し、更には家中が人形作品で溢れているご自宅の写真まで展示してあり、これは生半可ではないと恐れ入った次第である。
なるほど、高木さとこの絵も人形が描かれていて、これで納得。
私どものギャラリーコレクション展が面白いか、美楽舎のコレクション展が面白いか、今週殆どの画廊が夏休みになっている中、二つの画廊に来て楽しんでみたら如何でしょうか。

8月11日

13日から20日まで夏休み。
皆さんに画廊の人は休みが長くていいねとよく言われる。
私のところなどは短い方で、2週間の休みはざらで、長い所は20日間ほどの休みを取っているのでそういわれても仕方がない。
8月は暑いこともあって、お客様が画廊へ足を運ぶ回数も少なくなる。
そうすると必然的に展覧会も減り、さらに人出が少なくなってしまう。
私のところでは、何とか皆様にお出でいただこうと、休みの前後にコレクション展、オークションを開催することにした。
昨年から始めたのだが、これは大変好評で、暑い中をたくさんの人にお越しいただけるようになった。
後一日となった今年のコレクション展も多くの人に来ていただき、気持ちとしては休み返上で会期を延長したいくらいだが、寄る年波で身体がもたない。
少し休みをいただいて、オークションに備えたい。
オークションも300点以上の珍品・迷品が出品される予定で、是非掘り出し物を探しに来ていただければと思っている。
オークション出品リストご希望の方は、ご連絡いただければ休み明けに送付させていただきます。
夏ばて防止には涼しい画廊での美術鑑賞が何より、皆さんのお越しを心よりお待ちしている。

8月12日

空が掻き曇り、今にも雷が鳴り、 雨が降り出しそう。
そんな天候もあってか、お盆休みに入ったせいなのか、銀座の街並みも人出が少なく、閑散としている。
今日でコレクション展も最終日となってしまい、こんな具合だと閉店早仕舞いと思いきや、次々にお客様にお越しいただき、対応にてんてこ舞い。
人の流れとは不思議なもので、以前の画廊の向かいには床屋さんがあって、そこが忙しい時には、大勢のお客様が画廊に見え、床屋さんに誰もいない時には、こちらも手持ち無沙汰という事がしょっちゅうだった。
二八と言って、この月は商売が暇な月とよく言われるが、確かに画廊もこの時期は暇になり、その事は売上の数字を見ればよくわかる。
だが良く考えてみると、突然その時期に人が来なくなるのではなく、暇を理由に私達が手を抜いてきたのでは。
要は、いい企画をしていれば、お客様は忙しくても来て下さるし、遠い所でも無理をしてでも見に行く。
今回も来ていただいた多くのお客様が、栃木県立美術館の「柄澤斎展」や千葉県の川村記念美術館の「クレー展」を見に行っていた。
お盆休みに越後妻有アートトリエンナーレ2006に行く人も多いようだ。
前回は何と20万人の人出があったとの事。
美術館や地域ぐるみの大きなイベントのように、メディアが大きく取り上げてくれるからかもしれないが、好きでなければこの暑い中遠くまで出かけてみようとは思わないだろう。
こうした絵好きな人たちはいいものを見るためには労を惜しまないのだ。
お盆休みが終わればすぐに9月、美術の秋と言われ、美術の書き入れ時となる。
暇などの言い訳は通用しない。
皆様の期待に応えるべく良い企画で、来るべき美術の秋を迎えたい。
作家の皆さんも暑い中大変でしょうが、いい作品が出来上がるよう頑張ってください。
日記も一週間のお休みをいただきます。

8月22日

夏休みも終わり、昨日から社会復帰です。
涼しい所で、野菜作りや、読書、レンタルDVDの映画鑑賞とのんびりしてきたが、早速にオークション出品依頼で倉庫にもぐりこみ、汗だくで作品を引っ張り出す羽目となった。
元々私の画廊のスペースは、ここのビルのオーナーの先代が下村画廊という画廊を経営しており、そのため数多くの絵画が地下の倉庫に残っていて、オークションがあるのならば是非出品して欲しいとの頼みであった。
既に出品リストをお客様に発送した後だったが、大家さんの頼みとあっては嫌とは言えず、追加出品ということでお引き受けした。
オークション出品作品の総数も330点余となり、スタッフも休み明け早々に準備に追われている。
京橋界隈展の行事の一環として、私の画廊のスペースを提供する事にしたが、下準備も全て私の画廊がやることとなり、以前に私が社長をしていた日本美術品競売JAAに戻ったような忙しさとなった。
その上、今日からオークション前日までの3日間は、85歳になる私の母親の個展をする事になり、その展示で昨日も夜半までかかり夏休み気分はあっという間に吹き飛んでしまった。
母は70年近くを草月流の生花と共に歩み、花だけではなく、鉄のオブジェや陶器の制作にも没頭し、多くの作品を残してきた。
作品集も2冊ほど出していて、息子の私が言うのもなんだが、そのセンスは中々のものである。
米寿も間近となり、私のところで是非飾ってみたいとの意向もあって、身内の事で恥ずかしいのだが企画展の合間を縫って個展をする事にした。
歳の割には、とてつもない大きな作品を作っていて、今回もそのエネルギーには驚かされる。
プロの作家さんたちには申し訳ないが、3日間だけ日ごろの親不孝の罪滅ぼしをさせてもらう事にした。

8月27日

昨日から恒例の京橋界隈オークションが始まった。
400点近くの作品が出品され、とても飾りきれずどうしたらいいかと苦慮していたが、何と全作品天井近くまで飾る事で全て納まってしまった。
私のところのスペースを使うという事で、本来はお得意様にじっくりとご紹介させていただきたい作品や暫く手元に置いておきたい作品も多々あったのだが、泣く泣く出品をさせていただく事になった作品も多く、そうした意味ではオークションとしては充実した内容になったのでは。
いつもなら、京橋界隈展の開催中に実施していて、展覧会を見がてらオークションにもという方が多かったのだが、今回は私の会場の都合で一ヶ月遅れとなってしまい、お客様の出足が心配されたが、何の事はなく昨日は大勢のお客様で賑わった。
半日近くあれにしようこれにしようとたくさんの入札札を握って品定めをされるなど熱心なお客様も多く、また電話やメールによる問い合わせも多く、主催者としては一安心といったところである。
後三日、多くの方にお出でいただき、普段では手に入れる事の出来ない廉価で良質な作品を見つけていただきたい。

9月1日

今日から9月。
朝晩が過ごしやすくなってきて、あの寝苦しさからもようやく開放されそう。
京橋界隈オークションも終わり、一段落といったところ。
オークションは界隈展と別の日程の開催となって、人出が心配されたが、何と予想以上の成果を納める事が出来た。
北海道、福岡、香川、岡山、和歌山、など遠隔地の方をはじめ、多数のお客様に入札いただき、350点の出品中200点ほどの落札があり、主催者としては先ずは一安心と胸をなでおろしている。
9割近くがお客様からの出品となったこともあって、かえって絵好きな方には興味を呼ぶ作品が多かったのだろう。
普通は業者手持ちの作品となると、お決まりの作家の作品が並んだり、価格も業者の利益を考えた価格設定となってしまい、入札が難しくなる。
今回はお客様に金額を任された事もあって、大変入札しやすい価格設定が多くのお客様に入札いただく呼び水となったのも一つの要因だろう。
この事は、お客様は名前やキャリアではなく、作品本位で選ぶようになった事を如実に示している。
更には、市場価値のある作家を選ぶより、普遍的な価値がなくても、自分達で値決めをして楽しもうとする傾向が強くなったとも言えるだろう。
最近の展覧会でも無名の新人展の方が盛況となっていることと相通じるものがある。
これだけ盛況で、多くのお客様に次回も期待をされているのだが、色々と問題があって、次回は申し訳ないがまだ未定である。
オークション会社ではないので、自分の画廊のスペースを使い、作品集めや前もっての準備、終了後の梱包発送や集金業務を考えると、これだけの点数を一画廊でやるのは本当に大変である。
それでもこの事は自分のところで引き受けた以上覚悟の上で、スタッフにも気の毒だが頑張ってもらうしかなかった。
ただ、こんな事は言いたくないのだが、京橋界隈展加盟の一部の画廊だけが汗を流し、多くの画廊がまったく無関心で手伝う事もしないのは一体どういうことだろう。
京橋界隈活性化のためにはじめた展覧会であり、運営資金を捻出するためのオークションであったはずなのだが、ただ催しに参加するのみで、人任せの無責任な画廊とは今後手を携えてやっていく事は出来ない。
こんな事もあって、暑い中をお越しいただいたお客様や、この12年間一生懸命骨を折ってくださった画廊の仲間には申し訳ないが、今回で私は京橋界隈グループから身を引くつもりでいる。
展覧会は勿論続けて行くし、オークションの方も協力してくださる画廊さんがいれば一緒にやっていきたいが、なければ折角これだけ多くの方にご支持をいただいた事もあり、どうなるかわからないが、何とか単独でも開催できるよう頑張ってみるつもりでいる。
長い間、京橋界隈をご支援いただいた皆様に厚くお礼申し上げると共に退会すること心よりお詫び申し上げる次第である。

9月2日

昨日の日記で来年のオークションの事でどうなるかわからないと書いたところ、今日も多くのお客様が落札作品の引き取りに来た際に毎回楽しみにしているので是非頑張って続けてくださいとか、何かお手伝いできる事があれば手伝いますよと言ってくださったりで、これほどうれしい事はなかった。
また、画廊の仲間も気遣って訪ねてきてくれたりで、日記の過激な発言の余波に驚いている。
そうした中、先ほどもオークションの出品依頼で20点ほどの作品の選定をすることとなり、来年もどうやらオークションは止めるわけにはいかなくなりそうである。
どのくらいの出品作品が集まるかはわからないが、日記を見てくださっている皆さんのなかでもオークションに出品してみようと言う方がいたら、是非お問い合わせください。
また来年の夏が忙しくなりそうである。

9月6日

怪しい雲行きで大粒の雨が降ってきそう。
今週からは丸尾康弘木彫展が始まった。
楠木を削り彩色された人物像はアニメに出てくるキャラクターのように愛くるしくどこかひょうきんな表情を浮かべる。
一見樹脂で出来た人形のようにも見えるが、そうしたものにありがちな無機的な物質感と違い、木の肌のぬくもりを残した優しさ、温かさを感じさせてくれる作品である。
私のところでは初めての個展と言う事もあって、どのくらいの反響があるが未知数だが、一度見ていただきご批評賜りたい。
明日はまた知人の紹介で、古い洋画がたくさんあるという方のお宅に査定に伺う事になっている。
ここ何度かこうした話があり、淡い期待を持って伺うのだが、世間はそれ程甘くはなく、中々これぞと言う作品に出会うことがない。
それでも昨日は伺うこと三度目となったお宅では、二トンの箱型トラックを二回にわたって手配し、暑い中をフラフラになりながら車一杯に道具類や絵画を運んだが、最後の最後にようやくこれはと言う作品に巡り合う事が出来た。
山のように詰まれた雑多な品物に混じって、押入れの一番奥にその作品はあった。
まさにジャングルを掻き分け掻き分けしてようやく発見した古代遺跡と言ったところだろうか。
どういう作品かはまだ鑑定や保存状況を見なければ申し上げる事は出来ないが、兎に角苦労した甲斐があったとだけは申し上げておく。
明日のお宅では果たして同じように心ときめく作品に出会うことができるだろうか。
先ずは明日のお楽しみ。

9月7日

この前の日曜日にNHKの新日曜美術館で桑原弘明のスコープが紹介された。
彼のスコープ作品はアンティークな装飾が施された掌に乗るような小箱の中を、箱に設けられた小さなレンズの付いた覗き穴から覗くと、そこにはフェルメールが描いたような中世の絵画の風景や室内が再現される。
全てがミリ単位の世界で、よくぞ人間業でここまで作られるかと感嘆させられる世界が垣間見える。
更には、箱の小さな穴がいくつかあって、夫々にペンライトで光を当てると、朝日の輝きに室内が包まれたり、夕陽に輝く田園風景が広がったり、闇の中に微かに揺らぐローソクの明かりであったりと、限りなく夢想の世界が展開される。
テレビのそれもNHKの威力はすごく、翌日にはこの番組を見た視聴者から電話の問い合わせが殺到した。
12月に今まで制作したスコープ作品50点を一堂に並べ、更には新作を加えた展覧会が予定されていて、どうしたら作品を手に入れる事が出来るのかとか、始まる前から並ばなくてはいけないのかとか様々なお尋ねがあった。
確かに一年に制作できる点数が5点ほどと限られていて、今までの個展でも朝早くから画廊の前で待っておられる方もいて、初日には大体売れてしまう事が多かったのだが、この様子では今度の個展ではどんな事になるのやら。
このスコープ作品を紹介した巌谷國士・文による「スコープ少年の不思議な旅」も発売後すぐに絶版になっていたが、再販が決まりその申し込みが書店にも殺到しているそうだ。
画廊にもサイン本が若干あるのでもし希望の方がおられればお申し込みを。

桑原弘明 関連情報 2004.12 2002.12 2000.5 2000.5_b

9月8日

東京オペラシティーアートギャラリーに行ってきた。
3階の光の魔術師・インゴ・マウラー展と同時に開催されている「収蔵作品展・素材と表現」は私どもが大変お世話になっている寺田小太郎氏の寄贈によるものである。
山本麻友香、木村繁之、富田有紀子、服部千佳といった作家の作品と共に今活躍中の若手作家達の作品が並び、寺田氏の今のコレクションの方向性を知ることができる。
海外では当たり前になっている個人コレクターによる美術館への美術品の寄贈が、日本では殆ど見られず、多くは作家の遺族が遺作を寄贈する事で美術館のコレクションは成り立っている。
入館者も少なく、購入予算もなく、その存続さえ危うい時代にあって、寺田氏のようなコレクターは美術館にとっては神様みたいな存在のはずだが、その割にオペラシティーの寺田コレクションに対しての扱いは小さい。
メインのインゴ・マウラー展に相当の予算を割くのは仕方がないにせよ、寺田氏の篤志に敬意を表してその一部に予算を割く事は出来ないのだろうか。
今回のパンフレットにも素材と表現展は交通のご案内の横に、ほんの申し訳程度に記されているだけで、余程目が良く隅々まで隈なく見る人でなくては見つからない。
まるで相撲の番付表の序二段あたりの位置付けのようだ。
展示でも作品の下にキャプションが貼られているだけで、どんな作家なのかさえ見当がつかない。
記念の銅像をなどと野暮な事は言わないが、寺田コレクションの由来ぐらい入り口で紹介する度量はないのだろうか。
貰ってしまえばこちらのもの、後は古臭いコレクションより、最前衛の展覧会を企画する事だけが美術館の使命とでも思っているのだろうか。
美術館の企画を否定するつもりはないが、寄贈者に対する美術館の心の持ちようが欠けている事で、企画そのものが白けて見えてしまうのは私だけではないだろう。
9月18日までと残り僅かだが、「素材と表現」是非ご覧いただきたい。

9月9日

先輩の紹介で知人に古い洋画を持っている方がいて、相談に乗って欲しいという事で今朝早くにお訪ねをしてきた。
実はこのお宅は祖父にあたられる方が大正期の若い作家を庇護した事もあって、その時代の著名な作家の作品が多数あるのではと期待をして出かけた。
あるにはあったのだが、これはという作品は先代が既に寄贈されたり処分されたらしく、小品が僅かに残っているだけで、それも保存状態があまりよくない。
それでも一人の作家は夭折をした大正期を代表する作家で、作品も美術館への出展歴などがあって、クリーニングをしたり修復をする事で、それなりの高い評価ができるのでは。
取り敢えず、そうした処理に掛かる費用を見積もった上でご相談をさせていただく事になったが、もし手元に来るようになればコレクション展で改めてご紹介をさせていただくのでその時を楽しみにしていただきたい。

9月17日

昨日からの三日間、私の友人の娘さんの展覧会を開催している。
彼女は悲しいことに癌の為、20歳の短い生涯を閉じた。
小学校6年の時に一人でイギリスにわたり、高校までをロンドン郊外の学校で過ごし、新たな希望に燃えて、アメリカの大学に進学をする直前の出来事であった。
彼女は美術を専門に勉強したわけではないが、高校生活の最後の2年間専修科目としてアートとフォトを選択し、その作品を生前見せてもらった事があった。
今まで美術と関わった事のない17,8の子どもがこれほど豊かなイマジネーションと感性があった事に驚くと共に、何とかこの才能を伸ばしてあげる事が出来ないだろうかとそのとき思いがよぎった。
しかしその頃既に彼女は病魔に冒されていて、その後制作を続ける事は出来なかった。
一人娘を失った両親の悲しみは他人の私では推し量る事は出来ないが、悲しみに暮れる二人を見るにつけ、私ができることは彼女の作品を展示し、画集を作ってあげる事ではないかと思い、渋る二人を説得して、丁度命日にあたる昨日からの三日間作品を私の画廊に展示をし画集を差し上げることにした。
大げさにしたくないということで、お二人の関係の方にだけお知らせさせていただいたが、それでも昨日今日と大勢の方にお越しいただき、その方達が皆その非凡な才能に驚きの声を上げていた。
親より先に旅立つ不孝はあったが、これだけの素晴らしい贈り物をご両親に残した事は何よりの親孝行ではなかっただろうか。
お二人もこの展覧会を契機に、悲しみを乗り越え、彼女のためにも前向きに進んでいこうと気持ちにになられたようで、私も友人としてほっとしているところである。

9月18日

紹介が遅くなったが、お客様の原島里枝さんから初めての詩集 「こころのともしび」 が送られてきた。
彼女は熱烈な小浦昇ファンであることから、表紙・本文の挿画を依頼され、小浦氏も快く引き受けていただき、今回の刊行となった。
夢多き小浦作品が本の随所を飾り、甘酸っぱくもほんわりと柔らかな詩情は読む人の心を揺さぶる。

  こころのともしび
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光があれば闇がある
闇があるなら光がある
今が真っ暗闇の最中でも
光があるからそう思うんだよ
さぁ顔を上げてご覧
遠くの遠くでも
灯りが見えるよ
光が 見えるよ

詩集ご希望の方は画廊までお申し込み

9月19日

二つほど、新しい美術雑誌が出るということで、取材を受けた。
どちらもこれから美術をコレクションしてみようという方を対象に発刊されるようだ。
その際にも話したのだが、他の雑誌などに比べ、美術雑誌を購読する人は極めて少ない。
私のところに見えるコレクターの方達も美術雑誌を定期的に購読されている方は殆どいない。
何故かと言えば、知りたい情報が少ないからである。
どちらかと言うと、画廊や画家に顔が向いていて、そちらからの購読料であったり、広告収入をあてにする事になる。
要は提灯記事にならざるを得なくなる。
そうかと言って、アカデミックになると、美学生くらいしか読まない。
一般の読者を引き込もうとするならば、もっと目線を低くして、美術情報だけではなく、旅行であったり、料理であったり、音楽、映画、演劇といったエンターテイメントなどを加えた総合誌的な性格を持たないと難しいように思う。
多くの人はまだまだ美術を特別なもののように思っている。
多くの知りたい情報の中に、美術の情報が他の雑誌よりは充実しているといった雑誌になると面白いのではとアドバイスさせていただいたが、如何だろうか。

9月25日

先週末、お客様の依頼で、群馬県立美術館館林分館に、館林ゆかりの日本画家・岸浪百艸居の衝立に描かれた大作の紹介をするため、初めて訪れた。
県立美術館が二つあるというのも珍しく、神奈川県立が葉山に分館を作ったが、大都市以外では初めてのケースではないだろうか。
分館という事で、こちらは勝手にこぢんまりとした建物を想像していたが、行って吃驚で、広大な田園風景の中に、忽然と洒落た建物が現れる。
美術館の中から見ると、大きなガラス窓というより、ガラスの壁の外に延々と連なる緑の稜線と、手前に配した池の水との重なりがなんともモダンで、暫し目を奪われる。
眩しいほどの緑と透き通るような水の色に心が洗われるようだ。
ただ、何処の美術館もそうだが、町の中心から離れたこんな場所に、普段の日に果たしてどのくらいの人が人が訪れるのだろうか。
この日も、三岸好太郎や古賀春江などの名品が並ぶ 「夢の中の自然」 という昭和初期のシュールレアリズムから現代の絵画までの展覧会を開催中であったが、私達以外に見ている人は誰もいなかった。
その上、館内にあるレストランの食事(スープカレーとハッシュドビーフ)も極上と来ているのに、昼休み時間でも食べている人はまばらで、もったいない事この上ない。
民間のレストランだったら、とっくに店仕舞いをしているかもしれない。
残念ながら商談の方は予算不足ということで空振りに終わったが、こういう事でもない限り先ずは訪れなかったであろう美術館に来る事が出来、更には学芸員の方にも気を遣っていただき、とても良い時間を過ごすことが出来たと喜んでいる。
更に収穫は、展覧会に展示されていた現代作家の一人近藤正勝の作品に出会った事だ。
山や林、田舎小屋といった風景画を描いているのだが、単なる風景画とは大きく違って見えた。
一見アカデミックな風景画を描いているように見えるのだが、彼の中で独自に色彩化され、不気味ともいえる非現実的な世界となって表れる。
私の画廊の近くや、オペラシティでも個展をしたことがあるということだが、残念ながら見るチャンスがなかった。
ロンドン在住との事ですぐに会うということは難しいが、縁があれば一度展覧会を企画してみたい作家である。

9月27日

月刊美術10月号で「編集部を魅了した23人の作家とその作品」と題した特集記事が組まれ、その中で山本麻友香、服部千佳の二人が取り上げられた。
その記事を見て若いサラリーマンの方から問い合わせがあった。
服部千佳の作品に大変惹かれたので、一度画廊を訪ねたいとの事。
私は出かけていたが、早速に昨日雨の中をお越しいただいた。
既にホームページで作品写真を見ていただいており、なんと100号の大作を購入していただくことになった。
個展で残った作品が80号とこの100号だけだったのだが、80号の方もつい先日初めての方にお買い求めいただいたばかりで、こうして若い無名の作家の大きな作品でも、気に入っていただければ買っていただけることが大変うれしく、感謝にたえない。
同時に、長い間キャリアもない若い作家の展覧会を企画していた甲斐があったのかなとほっとしている。
来週からは無名時代に最初の個展を開催し、その後安井賞を受賞する等して脚光を浴びたが、そこに留まることなく、自由に画風を展開し続ける小林裕児氏の個展が始まる。
あらためて個展については紹介させていただくが、今回の作品には最初に出会ったときのような新鮮なときめきが感じられ、今まで以上に自由奔放な世界が繰り広げられるのではないかと期待している。

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