丸尾康弘氏インタビュー

・・・タイトルは「Child」、細い金属の棒だけで支えられている作品を拝見すると、子供を取り巻く「危うさ」が見えてくる。大人が子供を守りきれていない状況に、子供は浮かざるをえないような気がします。また、半身像からは足許のない「不安感」を感じます。

両方とも「不安」の要素はあると思うし、逆に希望も見えないわけではないんです。その二つの要素に対してはどちらも同じだと思います。例えば半身像でも手が細かったり小さかったり手自体がなかったり、そういう「不安」を表現したかった。その部分では共通していますね。

・・・確かに眉毛を八の字にした子どもたちは、不条理な表情を浮かべているけれど、無垢で、けなげな様子は希望に繋がるのかもしれませんね。

そう。社会状況を考えればかなり絶望的なんだけれども、でも過去から現在までを見ても、人間はいろいろな問題を乗り越えてきたのだから、何とかなるんじゃないかという甘い希望もあるんですけどね。

・・・以前制作されていた「座像」のシリーズは、metaphysicな世界観みたいなものが、空気の中に流れていた。でも今回の作品は現実に近いリアリティーを感じます。展示を拝見していて思いましたが、子供たちは、お互いを見ているようでいて、絶対に目線を合わしていない。そこに、個として存在していても関係性が希薄になっている今の子供たちの人間関係を見る思いがします。そういうさびしさみたいなもの・・・子供を彫りながら丸尾さんの現代への問いかけをとても感じます。

そういう気持ちがとても強くなりましたね。それにそう思って頂けるのは嬉しいです。「座像」シリーズのときには、空気に溶け込むような・・・全体で一つの空気観を作っていくような作品を目指していたんです。でも「浮く」シリーズは、作品そのもので、もっとはっきりした何かを表現したい。形もそうですが、彫刻的な強さとかフォルムとかボリューム観みたいなものをより追いたくなった。以前の作品は逆に空気をいろいろ含む要素で作っていたんだけれども、もうちょっとバーンとボリューム感ですかね。そういう気持ちがあって、大きさも以前よりも大きくなったと思います。

・・・ 「座像」から移行するターニングポインというのは。

完全に移行したというよりも、「Child」は、実は東京ではあまり発表してはいなかったんですが、以前から作っていました。何点か作って自分なりにそれを温めていて、いつか発表できればと思っていたんです。私が具象彫刻を志したのも、子供が生まれ、木で作ったうさぎの像をプレゼントしたことがきっかけでしたから、「Child」に関しては、特定のモデルはいませんけれど、子供を彫るきっかけは以前からあって、自分の中ではつながっているんです。私はずっと前から「不思議なもの」を求めていて、不思議なものというのはいろいろあるけれど・・・。

・・・不思議なものですか?

表情とか、彫刻にしたときの不思議な形とか、それを出来るだけシンプルに表現したいと思っているんです。

・・・不思議といえば、人間の顔は、感情や情緒が現れるけれど眉毛一つでも表情が随分変わりますね。

そうですね。人間は眉毛に表情が出ますね。結構ごまかせないんですよね(笑)。口で笑っていても、眉毛が八の字になってる場合があるから、面白いですよ。

・・・変な質問ですが、鼻の頭が赤くなっているのは寒いからなんですか。

実際にどうか分かりませんが、子供の鼻は赤いような気がします。今の子どもはそうでもないけれど、私が小さかった頃は、みんな鼻を赤くしていたような記憶があります。赤を置くことで、彫刻的な強さにもなりますし、自分の中のイメージはそうなんです。 

・・・静から動へのチャレンジは如何でしたでしょうか。

最近戦いという感じで制作しているんです。色んなものに対して、自分をそういう気持ちにすることで、力が湧いてくる。それに今回は、少し新しい側面が出てきたような気もしています。今回ご覧になる方が、それをどう感じてくださるか。とても楽しみですね。これからも色々チャレンジしたいと思いますが、次回はもっと大きな作品にもチャレンジしてみたいと思います。

〜14日(木)まで。

(c)MARUO YUSUHIRO