これってアート、それともインテリア? おそらく、そうした問いは、このモノたちにとっては、ほとんど無意味である。もともとアートとインテリアの境界線もかなり曖昧なものではあるし、据え付けられた場所や環境によって、それは意味合いを変えるものだから。要するに、これらのオーナーになる人しだい、なのである。作者自身もどうやら、そういうことには頓着していなさそうだ。ただ、そこに在るだけで何気ない幸福感にひたることのできるガラスの箱たち。そして、見ることのいつまでも変わることのない至福を与えてくれる装置。とすれば、単なる飾り物ではなくなる。
たとえば、それは、子供の頃、無闇に集めほうけていたビー玉のなかの、とりわけ綺麗なヤツを宝石のように仲間たちに自慢し、ときどき空に透かしては、閉じ込められた色のかけらと気泡を陶然とみつめていた、あの記憶にとても近いものなのだ。ポリエステル樹脂で雨滴のような不定形な凸凹をこさえた板ガラスで囲った箱の中は、採集した色とかたちが微妙に屈折し、ゆらめき、きらめいている。いわば、箱の形をしたビー玉。ちょっとチープなニュアンスだが、≪ビー箱≫と呼んでしまおう。
それにしても、なんというチャーミングなビー箱たちであろう。ジョゼフ・コーネルを引き出すまでもなく、箱の中のミクロコスモスは、刻を凍結したようなイメージから、しばしば死を想わせる冷静な熱狂に彩られている。しかし、彼の作る箱はもっと日常的な温度と湿度を含みもっている。しかも、ガラスと樹脂いう透明で半ば危うい素材のゆえに
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86.0×120.0cm |
30.0×28.5×3.5cm |
43.0×14.5×8.0cm |
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1969 神奈川県に生まれる
1994 東京造形大学彫刻科卒業
1995 渡伯、サンパウロにて制作活動を行う1997 帰国
1996 「空」:ギャラリアデコ(サンパウロ)
1997 「透ケテ観エル」:日本橋高島屋コンテンポラリーアートスペース
「水鏡」:大雅堂(京都)
1998 「瞳のムコウガワ」:新宿高島屋
「home game 鈴木亘彦の世界」
:文化村ギャラリー(東京)セルヴィスギャラリー(大阪)
「pool」:GT2(京橋)
「空空(カラカラ)」:大阪画廊祭 大雅堂(大阪)
1999 「ワズカナスキマサエアレバ」:大雅堂(京都)
鈴木亘彦展 ギャラリー椿(東京)