川島忠一氏インタビュー

・・・タイトルは「鳥の行方」

僕は、タイトルはできてから考えるタイプなんです。ですからタイトルには、余り重きを置いていませんので、今回展示した作品はすべて「鳥の行方」として、NO.1-12まで番号を振ってあります。そもそも「鳥の行方」を描くきっかけは、偶々旧約聖書の創世記をインターネットで調べていましたら、ノアの箱船を紹介するページがあったからなんです。これは現代の人間にも通じる話なので面白いなと思い、それを頭にイメージしながら描き始めました。ノアの箱船の話は、堕落した人間を懲らしめるためということから始まるのですが、大洪水の後150日間漂流してアララト山に漂着するんです。40日間そこに留まっているのですが、見渡す限りの海原で地面が見えません。そこで鳥を放って陸地を探させるのですけど、2日後に鳥はへとへとになって戻ってきてしまうんです。つまり止まる所がなかったわけです。でも、3日目にもう一度鳥を放しますと、今度はオリーブの葉をくわえて戻ってきたんです。4日目に陸地があったということで上陸しまして、神に感謝しショアーを捧げたと書いてありました。

・・・ショアーとは何でしょうか。

それは元々羊を「丸焼きの供物」にするという意味です。ユダヤ人虐殺のことをホロコーストといいますよね。それのヘブライ語なんです。僕はキリストのことはよく知りませんが、創世記にはそんなことが書いてあって面白かったんです。ところでノアの箱船のサイズは御存じですか。一単位を表す当時の寸法はキュピトというんです。それで換算すると現代のタイタニックと同じぐらいの大きさになります。

・・・全世界の動植物を乗せたんですものね。

つがいを乗せたんですよ。先ほど僕の恩師の基督教大学の先生がいらして、僕がこの鳥のことを、聖書にはカラスと書いてあると説明したんですが、先生はそれは違うハトである。と言われたんです。でも創世記には、ネズミや鳥は増えすぎてしまいますので、交尾を禁じたと書いてある。ところが烏がそれを破ってしまって、それを神が怒って黒くしたという逸話が残っているんです。ノアの箱船と言うのは伝説ですから、本当の話ではないと思うんですけれど、そういう話は、とても人間臭くて面白いですね。それがちょうど今から5000年前、現在では人類は66億に膨れ上がり、相変わらず殺し合いをやってるわけです。そういうことをテーマにしてみようと思ったのですが、それを説明的に描いてしまうと紙芝居になってしまいますので、あくまでもエッセンスとして抽出しているんです。

・・・初めには拝見した時に、創世記に結びつくかどうかわからなかったのですが、「鳥の行方」というタイトルから、希望を描いてらっしゃるように思いました。66億の人間がひしめき合っている地球ですけれど、夜明けが必ず来るように、どこかに希望が残っているのではないか。それがテーマなのではないかと思ったんです。

これからどうなるか分かりませんけれども、自由というものがあるに違いないという期待もあります。全く暗くて悲惨ではないと思っています。創世記の話は、とても面白い話だったので頭にあっただけです。取っ掛かりとして確かに描いたのですが、でも僕は形のあるもの、つまりビジュアルなものを描いたときに、人である山である花であるということを描いてしまいますと、それはたちまち説明になってしまう。やはりイマジネーションに通じるもの、そういうものでなければコンテンポラリーとしての絵画としては、成り立たないと思ったわけです。その中で、特に油絵の場合は、物としての重さや厚さなど、物質性がなければ他のものと区別できないわけですから、僕が油絵具という200年も前の材料を使ってですね。描きあげるというのは、どういう意味があるかということはありますね。
実は僕は絵を描いていて楽しくないんですよ。とても嫌な感じで、腹立たしい気持ちで描いていくんです。どうしてかといいますと、自分の絵がどうなるか分からないからです。完成を見ないんです。つまり僕は絵というのは哲学でなければいけないと思います。そういった意味では、考えながら定着していきます。本来そういうものです。仕上がった、ということはあり得ないだろうと思っています。

・・・描くというよりも、何かを塗り込められているというように思うのです。その何かと言うのは、人間の業や欲望ではないか。それを塗り込めながら、ご自分の中で浄化させておられるのではないかと・・・。

僕は絵描きが絵を描くことは、ほとんど絵描きの妄想と思い込みにすぎないと思っています。ですからそれを人前に出す必要はなく、押し入れにしまってニタッと笑っていればいいんです。それを人前に出した以上意味がないといけませんね。意味と言うのは何かといえば、鑑賞者に共感を得られるかどうかです。ですからそう言っていただけますとすごくうれしいです。

・・・これからの展開はどのように考えていらっしゃいますか。

抽象概念の面白さというもの、難解さも含めて、これを突き詰めて行きたいと思っています。例えば人の前に出した時にどういう共感を得ようとしているのか、これは重要なことですから、僕が、哲学と称するものがでできているかどうか、それを試したいなと思っています。

〜17日(土)まで。

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