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「あげない」 キャンバスに油彩, 130.3x162.1cm, 2013

今回の個展に思うこと

久しぶりに自分がどんな絵を描くのか不安でした。心を動かさないで描いた絵には魂が入らないと思います。育児に追われてしまうと、自分との対話に時間を割けなくなってしまいます。前回の個展から4年が経ちますが、その間に二人の子供を産み、震災があり、他にも色々な出来事がありました。育児と仕事の両立を考えれば、あまり悩まず描くのが良いと思ったのですが、結局ずっとキャンバスは真っ白なままでした。
今春、母の実家である岩手、大槌町に祖母の墓参りで訪れました。そこは私の幼少時代を過ごした場所で、2008年の佐藤美術館での個展で過去に自分の住んだ場所を辿る作品シリーズの取材の際も訪れました。その時も大槌川という小さな川を描いたのですが、津波の影響でその時の取材の時とだいぶ違う風景になっていました。
過去にあった藪や畑は失われ、どこからか種が運ばれ、一面菜の花が咲いていました。ちょうど訪れた時間が夕方で、西日の中菜の花がより黄色く美しく輝いていました。限られた時間の中での滞在でしたが、久しぶりに心が揺れて、子供と川沿いを散歩しながら、色々な思い出や想いでいっぱいになりました。この川は子供の時、よく一人でも来て空想にふけりながら遊んでいた私にとってはとても大事な場所でした。ここに来れば記憶を辿り、時間を飛び越え、色々な人に会えるとその時感じました。それが今回の大作、”the gate”を描く動機になりました。きっかけというのは大事です。
その大槌の祖母の墓は高台にあるので、幸い津波の被害はありませんでした。そしてそこからは小さな大槌町全体が見下ろせるのですが、本当に大半がなくなってしまっていました。しかし、震災から2年、色々な物が流された跡に植物が命を実らせていました。菜の花もそのひとつ。人はそれを雑草と呼びますが、雑草という植物はなく、それぞれ名前を持っています。でもアイデンティティをテーマにする事が多かった私は雑草という言葉に注目した時に人間も“雑草“と同じだなぁと感じました。むしろ雑草より雑種だし、複雑な存在であるから、今あるアイデンティティは迷路のようだと思います。それをそのまま子供に向けた視線で描いたのが今回描いている”雑草さん ”達です。
正直、育児や家事で追われると妄想にふけるのも心を動かすのも後回しにしたくなります。でも作家として絵を描き続けるにはこれは避けて通れないのだな、と今回痛感しました。今までの展覧会は最初からコンセプトを決めて、構想を練って作り上げる仕事が多かったのですが、今回展覧会タイトルがないのも、そもそも予め用意したものが何もなかったためです。でも結果的には頭ではなく心で描く仕事になったので、それが画面に映り、少しでも見てくれる人の心に伝われば嬉しいです。

2013.9.21
呉 亜沙

「雑草さん」 キャンバスに油彩, 130.3x162.1cm, 2013


「the gate」 キャンバスに油彩, 193.9x391cm, 2013