いままでの生のほとんどが夢であってくれたらと少女はつよくおもう
少女は母と手をつないでいた 母の背中におわれている弟をなんどもみ あげた 暗闇のなかでも海の波は遠くまでみえた なきながら母はなぜか生をえらんだ つぎの朝いつになく母はあかるかった
春嵐がくるとひろばの砂がまいあがった だれもいないはずなのに中年 のおじさんが正座していた 仏さまの絵の刷られた紙きれを両手にひろ
げくるったようになき おおごえでさけびいのっていた 砂がなみだの ながれたかたちのままでほほにくろい 少女が正面
にたちつくしている のにきづかない おとなになったらもうしねないのだと少女はおもった
かなしみが銅の板のうえをはしろうとする 人はひとにわからなくする ために いや 人はじぶんにわからなくするために刻線をけそうとする
が けしてもけしてものこってしまう 暗号の通信文のようになっても ただよい やどろうとする
かなしみをけす少女の夜はながい 神の領域にちかづこうとしおちそう になる はねがない
にじみ あふれ 降下する
岸田淳平